この空間にはテレビがない。
インターネットも存在しない。
そのおかげで、
ラジオを聴くようになった。
聴きたいラジオがない時は
読書をするようになった。
仕方なく、興味のない人との
会話に参加したこともあった。
そして、ふと、
案外、悪くないのだなと理解した。

あったらあったで、
なかったらなかったで、
なんとかなるもんさ。
振り返ればそうなってるもんさと
思ってみたら、
少し苛立ちも収まった。

僕らは誰にでも
キャパシティというものがある。

目、耳、鼻、口、腕、足、脳、心臓。。。
おおよその数は
決まっている中で大した差のない
キャパシティというものがある。

例えば、耳が聞こえないならば、
僕よりも目や鼻や全身で
感じ取ろうとするだろう。
例えば、心臓がうんと弱いならば、
僕よりも大切に呼吸を確認し
生きることを実感するだろう。

だから、足りないものは協力するが、
それを哀れんだり蔑んだりすることはしない。
大した差のないキャパシティの中で
お互い生きているのだから。

もしも、それらを
哀れんだり蔑むような者がいれば、
その者こそ本物の障害者なのではとさえ
思えてくる。

あったらあったで、
なかったらなかったで、
なんとかなるもんさ。
そもそも独りぼっちじゃないんだと
思ってみたら、
小さくありがとうと呟けた。

あったものを失う壁の経験ならしてきた。
それ以上の壁は経験したことがない。
それ以下以上でもないというはなし。
誰かと比べるものじゃないというはなし。

あったらあったで、
なかったらなかったで、
なんとかなるもんさ。
あとは、好奇心と行動力の差なんだと
思ってみたら、
少し訪れる未来が楽しみになれた。

僕はゆっくりと
深呼吸をひとつして、
次の扉を開けた。

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