数年前の顔写真 未だ腑に落ちないまま
仕方なく大きなキャリーケースに詰め込んだ

僕は課せられた使命を果たすため
まもなくこの国を飛び立つ
最後に触れたものは君の小さな体
最後に見たものは君の微笑む泣き顔

もしも 君が流す涙を拭えるとしても
君はそれを断るのだろう
二人少しでも躊躇わずに
離れられるようにと想いを添えた
僕たちの世界

この場所から飛び立つ時
まるで聞こえてくる
エンジン音は雄叫びのように
雲を突き抜けてどこまでも
果てしなく降り注ぐ
優しい夕焼け空は
シンプルな空だった

ものに溢れる潤沢な国々では往々にして
少しでも欠けてしまうと
その価値の殆どが失われてゆき
次がまたすぐ用意可能な代わりに
代替えの効かない心はただ上塗りされた
欠陥だらけの建物のように思えた

ものの少ない乏しい国々では往々にして
元々が欠けているから
その価値の殆どは変わることなく
選択肢こそ用意されない代わりに
代替えの効かない心は重ね塗りされた
色鮮やかな焼物のように思えた

それでもただそこは
誰かが決めた水準の中で
世界は勝手に順番やランクとやらで
縛られている

一枚のパスポートと
最低限のお金とこの身ひとつ
色んな国の色んな場所の
色んな世界に触れながら
僕はカタチを変えながら
使命を果し終えてゆく
それでもつかの間のひととき
君の声を聞き会話している時だけは
変わらない僕だった
シンプルな僕だった

それでも気づいたら
時間が紡いだ想いの中で
僕らは少しずつ大切なものが欠けて
どちらかがまた両方が
塗り重ねようとしていた

そして僕は使命を果たし
まもなく我が国へ飛び立つ
最後に触れたものは空っぽの宝箱
最後に聞い声は君のサヨナラの言葉

もしも 君が流す涙を拭えるとしても
君はそれを断るのだろう
昨日までの二人の世界も
今はもう入国さえ許されない
君だけの世界

まるでパスポートの期限が
切れていたかのように事務的に

為す術のなかった
ハリケーンは通り過ぎて
なぎ倒された家屋たちに
満面の笑みで降り注ぐ
陽の光と淀みなき青空は
シンプルな空だった

シンプルなものだった

*REVOLVER dino network 投稿 | 編集