当たり前のように、いつもの日常が始まる。
もう始まっている。だが、そこに僕は居ない。
退屈で不自由な世界。
大きな硝子窓の向こうには、
地上10mから空までを映した変わらない風景。
まるで安い絵画のような、変わらない風景。
時折、夏を教える青空に
鳥や飛行機が泳いでいるだけの
無機質で安い絵画の世界。
退屈で不自由な世界。
心だけが日常へ挑もうとする戦闘状態。
だが、それもまた、強烈な不安と寂しさに
泥々と交ざりながら焦土と化す。
だから、僕は趣味や情報や通信という
日常にあるもので、覆い被せようとする。
紛うことなく挑もうとする。
本能が不安に貫通されないように。
それはどこか、泥中の蓮のように、
折れず、染まらず、咲こうとしている。
だが、今はまだ、不自由な世界。
自由を知るが故、今はまだ
退屈で不自由な世界。今はまだ。