ふと気付くと眠り込んでいた。
軽いあくびをしてから自分の部屋を出ると、
白く濁った夕焼けが建物の隙間から零れていた。

「今日は出来合いの物でいいか」
そんな事を思いながら冷蔵庫を開け、中身を確認して、
とりあえず、グラスにミネラルウォーターを注いで
半分一気に飲み干した。

グラス片手にリビングソファへ向かおうとした時、
ふと横目に入ったのは、
4人掛け用のダイニングテーブルの上にある、
透明な花瓶にささる向日葵だった。

「え?なんで向日葵?」
私はダイニングテーブルの椅子に座って、
その向日葵を眺めていた。
しっかりと水を吸った向日葵だった。

「こんにちは」
誰も居ない部屋。私は驚いて振り返った。
振り返った時に右肘を椅子の背もたれにぶつけたが、
その痛みは遅れてやってきた。


全部の部屋を確認したが、
誰も居ないし、テレビもラジオも点けていない。
「気のせいか」と、自分に言い聞かせながら、
私はリビングに戻り、立ったまま向日葵を眺めた。

「大丈夫?」
確かに聞こえる。
誰も居ない部屋。言葉は続く。
「君も大変だね」
私は何に話せば良いか分からなかった。
「だけど、君は素敵だね」

分かった!

私はきっと、脳内で作りあげた夢を見ているんだ。
聴覚という音が振動を起こし、細胞を電気的に興奮させ、
内耳神経から大脳の聴覚皮質に伝達される。
その繰り返しの最中に誤作動を起こしている。
私が誤作動を起こしている。

ならいいや。
私はそう思って「素敵なんかじゃないよ」と言った。
どう考えてもあり得ない事だったからだ。

「素敵だよ」
「何が?」

「君は覚える事が出来る」
「何を?」

「なんでも」
「例えば?」

「悲しみ。孤独。涙」
「それの何が素敵なの?」

「その先にあるから」
「何が?」

「優しさ。愛情。感動」
「…私はそんな素敵じゃない」

「そして、人は自分を好きになる」
「…私は自分が好きになれない」

「そして人は自分を嫌う」
「そう。私は自分を嫌う」

「けど、本当は大切だから嫌える」
「…何それ?」

「人は作ることが出来る」
「何を?」

「自分以外の自分」
「…例えば?」

「相手を想い、思ってもない言葉を並べる自分」
「そんな余裕、今はないわ」

「そうやって、素直にもなれる」
「そんな簡単に…なんか悔しい」

「それは、まだ諦めてないからそう思う」
「…何が言いたいの?」

「何でも手をつないでいる」
「…手を?」

「花は咲く。そして散る」
「そうだね」

「けど、本当に散る事はない」
「は?」

「君は覚えるから。咲いた喜びも」
「枯れた寂しさも」

「そう。それで良いんだ」
「…そう?」

「ありのままでいいからだよ」

「弱さの先に強さがあるから」
私は椅子にもう一度座り、ぶっきら棒な声に
「ありがとう」と言った。
「誰か知らないけど、あなたも素敵よ」

「素敵。それは人が僕にくれた言葉」
「言葉…花言葉ってこと?」

「人には心があり言葉があるから
僕にも色々な心と言葉を添えてくれる。
君にも響く心や言葉があるはずだよ」
そう聞こえると向日葵の花びらが一枚ふわりと落ちて、
テーブルの上に静かに落ちた。

私は、その花びらを
出来るだけ優しく拾って眺めていた。


「ただいま」
「あ、おかえり」

「何してるの?」
「聞いてくれる?今、不思議な事があったの」

「どうした?まぁいい、とにかく」
「とにかく?」

「また一つ歳をとったな」
「うん」

「誕生日おめでとう」
「ありがとう」

相手は不器用に素っ気なくても、私は笑顔だった。
振り返えると向日葵は消えていた。
だけど、不思議と驚きはしなかった。

手にした花びらを
半分残るグラスの上に浮かべて、
もう一度笑ってみた。

「何、その花びら?」
「ちょっと拾ったの」

あぁ、折角なら晩ごはん。
ちゃんと作っておけば良かったな。


*REVOLVER dino network 投稿 | 編集